左利きは、世知辛い 9/7

きっと、いい音は出せない。いい曲は弾けない。でも、なぜだか、気づけば、いつも私はピアノの間にいる。「ド」なのかわからないキーに、指を置いて、押すか押さぬか、躊躇している。

 

だって、怖いもの。これが「ド」じゃなかったら、て思うと、とっても怖い。

 

それでも、私は、キーから指を離すことができない。いつも、やっぱり、これが「ド」のキーかもしれない、と思っている。私は、私が思っている以上に、コレの扱い方を理解しているのかもしれないと思う。一方で、それをうまく言葉にできないことに、矛盾を感じないこともない。

 

これは「ド」なの? それとも「ド」じゃないの? いや、「ド」かもしれない。

もしそうだとしたら、押さなくちゃ。でも、押せるかしら。本当にこれ「ド」かしら。

……「ド」よね。私は、「ド」だと思う。大丈夫? 大丈夫。きっと、大丈夫。

そんな風に、常に私は、私に何かしら期待している。

 

ちょっと、少しの、些細な期待。

 

それはミジンコのような、とっても小さくて、非常に無力なものなのに、それは、いつも、最後には大失敗を引き起こす。

 

きっと、これまでに、多くの恋人に捨てられたのも(実際にそうかもしれないし、あるいは私がそう思い込んでいるだけかもしれない)、それが原因かもしれない。

 

そう思えば、思うほど、余計キーを押すのが、億劫になる。ため息が出る。

 

過去の情事は、語るには、まだ恥ずかしいものばかりだから、ここでは、熱々のコーヒーと一緒に身体の奥に流し込む。しっかり冷ましてから、飲むの。だって、あのときの温度のままじゃあ、私、胃もたれしちゃうもの。

 

もうそろそろトーストが焼ける。……あ、焼けた音。でも、まだ熱いから、このまま待つの。

 

それに、外は雨だからカーテンは開けないの。人には、見なくていいものもあるし、知らなくていいこともあるの。

 

とにかく、今日も、朝が来た。それだけで、私はじゅうぶん。

 

そろそろ、いい温度かしら。…………アチッ…………。

 

、といった風にここまで猫舌な私は、左利きです。

左利きってこんなんですか? それとも私だけですか?